腕組みが解けるまで

土屋 GET DOWN のブログです。私の日常を綴ります。あとは音楽と本のことを少々。

カレーで巡る幸福の世界のスパイスな話

 長引くと思っていた所用が思いのほか早く終わった夕暮れどき、私は国体道路をテクテク歩いていた。

 せっかく時間が空いたのだ、散歩でもという気になった。

 

 ふとオープンテラスのバーが目に留まる。いつの間にオープンしたのだろう。

 天神は店舗の入れ替わりが激しい。雨後の筍のようにニョキニョキ生えては、新芽狩りに遭ったように、そこに在った形跡だけを残して、正体を消してゆく。

 二、三ヶ月ほど街中を歩かないと、手品でも見ているような驚きを覚える。

 それはそれとして、そのバーの前にさしかかり、はばかりもせずどれどれと内装を覗いていると、店内に南国風の見覚えのある顔が目に留まった。

 ペペであった。

 ときおり遊んでくれるギタリストだ。

 相変わらず気さくに「よう」と手を挙げてきたので、こちらも釣られて笑顔で「よう」と応え、さしたる用事もなかったので、そのまま通り過ぎた。

 今夜はライブなのだろう。ペペの周りには多国籍(主観である)な顔ぶれがあった。

 きっと様々な国を縦横無尽に駆け巡る気分にさせてくれる夜会が行われるに違いない。

 そんなことを夢想していると、ふと何かが頭の中をよぎった。

 だがすぐさま、すーっと脳天に抜け、そのまま空に散開した。

 なにか大切な、というほど大切ではないような、いやいや一瞬思い出すくらいだから何か必要性のあることでは、とはいえ忘れてしまう程度だからさしたることではないのか、などと思いつつ、突然、ふわっとしたカレーの香りに取り巻かれ、私はそのまま幸せに包まれた。

 

 国民的中華料理がラーメンとするならば、 国民的インド料理はカレーだろう。

 となれば国民的フランス料理は肉じゃがだろうか。

 いや、肉じゃがをフランス料理と呼ぶには無理がある。

 ビーフシチューと材料は一緒であっても、味付けも調理の仕方も違う。

 ともなれば、ラーメンもカレーも日本料理ではないだろうか。

 味付けも調理法もすでに本国を脱し、帰化していると言っても過言ではないだろう。

 そういえばラーメンには南京そばや中華そば、支那そばなどの和名がある。

 カレーには確固たる和名はないが、私たちの知るあの幸せの黄色い餡かけは、カレーライスが正式名称だ。

 そもそもインドにはカレーライスという食べ物はなかったように記憶している。

 イギリスの占領下にあったインドでカレーらしき料理に、ったーんと舌鼓を打ったイギリス人が、自国に持ち帰ってアレンジを加えたものがカレーライスとなった

 その後、イギリスから日本に入ってきたものだったはずだ。

 ん?

 となると、カレーは国民的イギリス料理にならないか?

 

 と、私はイギリスに想いを馳せている最中にカレーを平らげた。

 くっとお冷でのどを潤すと、カレーのアイデンティティは些末なこととなった。

 つまりどうでもよくなった。

 ここではないどこかの世界の少女は「カレーは幸せの味がする」と言っていた。

 カレーはそれでいいのだ。

 私は幸せに包まれた世界旅行を終えた。

 

 カレー屋を後にし、すっかり世界を見知った気分になった私は、浮足立った足の赴くままに歩き出す。

 

 古本屋に立ち寄り以前から気になっていた雑誌を大人買いし、古着屋で300円以下のTシャツはないかと一着々々を大枚を数えるようにチェックしながら先の古本屋での大人気なさを叱咤し、道端で古新聞紙に包まれたおっさんと談笑して、すっかり使い古された雑巾のようにくたくたになったところで、帰途についた。

 

 満足のいく散歩であったと、道中、桃太郎のお供のようにして増えていった物品の数々を眺めながら、携帯電話に手を伸ばした。

 最近は持ち歩かないことが増えた。

 自分だけ世界の加速装置を外した気分になれる。

 ちなみにこれを続けていると、過去からやってきたタイムトラベラーになれる。

 人と話していて会話がかみ合わない時は、そう思うようにしている。

 話が脱線した。

 とりあえず、帰った時には着信の確認だけはしている。

 特に着信はなかった。

 メールも届いてなかったが、ふと何かが頭に引っかかり、メールフォルダを開いた。

 不意に脳天から両耳と鼻に突き抜けるような衝撃を覚えた。

 そういえばちょうど一週間前、ペペからメールをもらっていた。

「来週、面白いライブがあるよ! 時間が空いていれば、ぜひ!」

 そんな文面が残っていた。

 

 ああ、こういうことだったのか。

 あの時の「よう」は…、そうか

 

 もやっとしたバツの悪さに、携帯電話をパタンと閉じて、そっと文机においた。

 ごろんと横になり、大の字なった私は、

「今度カレーでも奢ろう」

 と思いつつ、天井の木目で目が回って、眠ってしまわないかなと、努めて今日を終わらせようとした。