腕組みが解けるまで

土屋 GET DOWN のブログです。私の日常を綴ります。あとは音楽と本のことを少々。

張り込みはあんぱん片手

 昨夜は七時間ほどのロングDJだった。気がつけば明け方近くになっていたが、時間を忘れるほど居心地のいい夜になった。

 始発で帰り、家に着くなり布団になだれ込む。昼過ぎまで泥のように眠った。 

 目が覚めると、腹が鳴った。いそいそと近所のスーパーに出かける。

 突然だが、私は大の餡子好きである。加えてパンも好物だ。

 故にあんぱんをこよなく愛している。

 そんなわけでスーパーに着くなり、かの和洋折衷の奇跡を手にするべく、パンコーナーに向かった。

 すると、とあるポップが目に入った。

f:id:geddan:20131104180558j:plain

 いま一つ分からない。どの層を狙ったのだろうか。もしや何かのドラマの決め台詞か。ともなれば、テレビを見ない私には乗りようも突っ込みようもない。すべては憶測の話だが。

 けれども、あんぱんは最後の一つを残すところであったわけで、このポップは相応の効果があるわけだ。

「張り込みはあんぱん片手」

 私は心に刻むようにして呟いた。何かしらの神性を持った、力のある言葉なのかもしれない。そう思った上での呟きだ。

 隣にいたおばさんの私を憐れんだ眼は生涯忘れない。

 冷や汗を拭いつつも、あんぱんと安堵を手にした私は、そのままレジに向かい、帰途に着く。

 帰り道、電信柱の陰や空き家の窓が気になって仕方なかった。

 張り込みがいるかもしれない――そう思えてならないのだ。

 家に着く既のところで、ふと〝牛乳〟を思い出した。

「ああ、牛乳!」

 思わず声に出す。どうして気付かなかったのだろう。

 張り込みといえば、あんぱん。あんぱんといえば、牛乳。

 私は激しい後悔の念に苛まれた。

 もしかしたら、牛乳コーナーにもポップがあり、

「あなたは分かっていらっしゃる」

 こう書かれていたかもしれない。そうなると私も「ではひとつ、張り込みでも」とその気になってしまう。ひょっとすると、あんぱんと牛乳を手にした時点で、機密警察から張り込みの勧誘があったのかもしれない。ではあれはテストか。そうか、隣にいたおばさんが向けた眼は憐れみではなく、憧れ! これはいよいよハンチング帽とコートが必要となる。新聞も必需品だろう。そういえば、そもそもの張り込みの動機が必要だ。いや、これは機密警察から任務があたえられるだろう。動機は金では買えんからな。はっ、これがもしや噂の、プライスレスか。

 この辺りで正気に戻る。

 私はなんとなしに空を仰ぎ、くるり踵を返してスーパーに戻った。

 牛乳コーナーには〝特売〟と書かれていた。

 

 明日は何を書こう。